恋をすると痛みが伴う

当たり前に恋をしている彼女が、自分とはすごく遠い位置にいる。

 

 

彼氏と同棲している友人が、オーストラリアへ旅に出た。

日本を出てから数週間は、隣に彼がいない寂しに押しつぶされて何度も泣いたそう。

新しい土地、知らない人。自身のあった英語力がずたずたにされて、意思疎通が億劫だそう。

 

 

 

 

「いい年して…もうすぐアラサーに差し掛かる年齢のくせに」

 

 

 

 

彼女が涙を流したと報告するたびに、心の中で叫んだ。小さな声で。

 

 

今、恋人がいない私は彼から離れる寂しさに共感できない。

だって、ずっと一人だったし。いざという時に相談できる自分を愛してくれる異性なんていない。この環境になれた身としては、一体寂しさとはなんなんだろうかと自問自答するだけの時間が、勿体ないと思うくらいにゆったりと無駄に流れていく。

 

 

 

(同棲なんて、毎日顔を合わせるんだから飽きるんじゃない?)

 

 

 

1人の時間が大好きな自分からしたら、好きな人とずっと一緒なんて息が詰まってしまう。

 

そんな問いに、彼女は当たり前のように答えた。

 

 

 

 

「一緒にいることが自然だから。いなくなったら寂しいけど、近くにいても自分と同じタイミングで空気を吸っているだけで、窮屈じゃない」

 

 

 

 

窮屈じゃない

 

 

 

 

と、いう事は彼女にとって彼氏は、文字通り気持ちの良い物。

 

 

旅に出た瞬間に、今まで自分が身にまとっていた心地よさを手放したのだ。

 

居心地の良い部屋、通いなれた道、味を覚えるくらいに通っているパン屋、履きなれたジーンズ、ヒールが高くて歩きにくいけれどとっておきの日に履く勝負パンプス。

 

 

 

これが、自分の家を出た瞬間に。羽田の出国ゲートを通った瞬間にしばらくは触れられなくなる。当たり前だった人、場所、物。何かを手放したときに私たちは寂しさを少なからず感じるだろう。

 

心の底から大きなため息が出るように。

 

涙腺を通った涙が流れてたまるもんかと、目の中に小さな水たまりが出来上がるように。

 

 

当たり前のものがそばに無い寂しさは、ふとした時に心をかき乱す。

 

ゆっくりゆっくり、最初は感情の扉を開けるように。開けたら大きく渦を巻く。

愛しい物が思い浮かび、手元にない実感と何物かでは代用できない事実にショックを受ける。

 

 

 

 

 

私は、日本を離れてフィリピンに来るときに家から出ていく事が一番寂しかった。

 

母親でも無く、近所の美味しいうどん屋でもない。

20数年間、過ごした家。

自室がお気に入りで、とくに趣味も無いので汚すことも無く、ただただ部屋でぼーっと

していることが多かった。

 

 

 

 

違う場所に行くことは怖くはない。好奇心もあるし、新しい環境への適応力はそこそこあると思う。なのに、あの空間から離れる事だけは虚しさに包まれた。

 

 

家と、愛しの人を一緒にくくってごめんよ、友人。

 

 

でも今書いていて、彼女のいう寂しさがどんなものか、少し理解できた。

 

人間は、思い出と共に生きているのだから一朝一夕で気持ちの断捨離なんて出来やしない。

 

 

 

きっと彼女は今頃、インド洋に浮かぶ大きな島の片隅で、彼とのキスをセックスを思い出し寂しさに焦がれているんだろう。心を締め付ける感情は、出来るなら味わいたくない。けれど、彼の事を思って吐露するという姿は、恋愛期間で愛おしい一瞬だろう。

 

 

寂しさに少し共感できた今、次は家ではなく人で、愛おしい彼を思って味わってみたい。

 

 

当たり前に恋をしている彼女の気持ちを、私もそろそろ欲しいなと思い始めた。

 

どこにいても惑わされる、寂しさと愛おしさ、悪くないんじゃないかな。

ME BEFORE YOU

「me befor you」2016年、アメリカ×イギリス合同制作

 

 

久々にヒット!な映画を見つけました。

前回のレミゼも絶賛でしたがあれは公開が数年も前なので。

 

今回はたまたまアマゾンプライムを開いたらトップに出てきて、何気なくみたら最後は号泣。

 

二日連続で三回も見るという、珍しいペースでの鑑賞でした。

 

 

 

 

実は去年からフィリピンに住んでいるので映画情報に疎く、日本にいたら毎週TSUTAYA通い週末はヒッキーアローン映画鑑賞をしているのだが…なんせ海外なもので。ネット環境のは悪くHuluは見れず。映画上映は字幕なし英語音声なのできっつー以外の何物でもないので、たまに見れる今日はWi-Fi調子イイネ!の時にしか映画鑑賞が出来ないという残念さ。

 

 

 

 

そんな状況で、この映画に出会えたことにありがとうと言いたい。

 

 

ネタバレをがっつり含んでいるので、この先この映画を鑑賞予定の人は読まないで頂きたい。まじで。

 

 

 

 

映画の冒頭で始まる爽やかなベッドシーンは、さぞ嫌味な男が主人公なんだろうと一発でわかる。なのに、現代的なキャリアを突っ走る忙しい男の映像から、あんなにもノスタルジックな風景に持っていかれ穏やかな気持ちになるとは思わなかった。

 

時間は同じなのに、生きている人間が違うとこんなにも見える世界が違う。

中世と現代とかそんな大雑把な分け方ではなくて、生まれながらにして恵まれてた環境で誰もが羨むキャリアを築いた者と、そんじょそこらにいる一般ピーポーじゃ目に映る世界は180度違う。分かり切っているけれど見つめたくない現実。

 

私たちの見えない世界に、苦労も楽しみも沢山ある。

富に恵まれたものと、その世界に縁のないもの。何かがなければ一生混ざり合うことなどないだろう二人が出会ってしまうというシンデレラ要素を、この映画もがっつり含んでいる。

 

 

 

 

このお話は、事故にあい脊髄損傷、首から下が動かなくなってしまった男性ウィルのお世話係として雇われた天真爛漫な女の子、ルイーザが心を閉ざし嫌味ばかり言う本人と、なんやかんやで仲良くなっていき途中からお互いに好きになっちゃた…で、この男性が実は名家の息子、お城を所有してるくらいの金持ち、かっこよくてなんでも出来てしまうというスーパーマンみたいな奴でね。

 

あぁ、女子が夢見るあれだなーと最初はため息が漏れたけれど、そんな商業的な事は抜きにして後々引きずり込まれていくのが面白い。

 

 

本当に、何も考えずにただただ流れ映像を目で追い、言葉に耳を傾ける。

それだけで胸が熱くなり、笑顔と感動が誘われる。

 

 

 

完璧だった人生が他人の不注意で奪われる。

憎しみは、過去の自分と対比するたび日に日に募っていく。

唯一無二の輝かしい自分が、たった一瞬の気の散漫で消えて、後に残されるのは絶望だ。

 

 

今までの自分の人生に満足していた者には受け入れがたいだろう。

何かをやり遂げた時の達成感を生きがいにして過ごす人は多い。この種の人にとったら主人公が最後に選んだ道に共感できるのではなかろうか。

 

 

賞賛を浴び続けた人がそれを失うのは、失った後も体と精神は自身のものであるが人生の主人公が自分ではないと思ってしまう。そのレールを歩んでいる人物は全くの他人なのだ。周りにいた人間が離れていく様子、いままでに浴びたことのなかった奇妙な目線や疎外感。元からこういった類の悪戯に身を置いて心が麻痺している人もいるだろう。しかし、途中からというのも、受け入れる勇気と自身を他者として切り離さない精神力が必要とされる。主人公には、この力がなかったのだ。

 

 

四肢麻痺になる以前の自分が好きすぎて、最愛の人を亡くしたのと似た悲しみを抱いているんだろう。その最愛の人というのは過去の自分という残酷さ。十分に人生を全うしたという

熱い気持ちを上書きして、カテゴライズして新しいスタートを切るよりも本体を消去した方が精神衛生上は明るい。

 

 

 

 

受け入れらないウィルは、半年後には安楽死を選ぶべくスイスに飛ぶことになっていた。

 

この半年間に、お世話係として来てくれてたルイーザと出会い、笑い方を、楽しみを取り戻したウィル。

 

 

彼に心を奪われ、相手も愛してくれていることに気付いたルイーザは、安楽死という選択を彼が止めてくれるのだと信じていた。しかし彼の決意は揺らぐことなく息を引き取り、最愛の人をお互いに失ってしまう。

 

 

 

人の死は本人の選択とはいえ、一番尊重しがたい選択だ。

あと一歩何かを頑張れば、何か与えていれば決意を変えられたのかもしれないという後悔を相手に残してしまう。失ったものは戻せない。物資であれば何かしらで代用がきき、思い出は塗り替えられる。人はどうだろう、私たちが人として存在する限り、一番のパートナーになるのは他の何物でもなく人である。そっきまで紡いでいた言葉と、感じていた温もりと、確かにここに生きていた存在が消滅してしまう。愛する人の音声が途切れた瞬間は離れた事を意識させられる最もな時だ。

 

 

ラストシーンでウィルに寄り添うルイーザの微笑みが、脳裏に焼き付いて離れないほど美しい。微笑ましく、愛おしく、彼に対しての尊重と感謝があるからこその笑顔。

 

 

 

 

 

映画では、「両親を呼び入れてくれ」がウィルの最後の言葉だった。

この後に彼女が彼になんて言ったのかは、想像上でしか描けない。どうか、たくさん「愛してる」と言って欲しい。最後の最後まで、成人男性として並みの事が出来なかった後悔を二人なりの愛情で埋めて欲しい。ファクションなのに、ただの映画なのに中の人物の先を願って胸が熱くなるくらい、二人の愛情と、支える家族の悩みを、その場にいる第三者みたいに。傍観者として、でも身近なところで真正面から受け止めている気になる。

 

 

 

 

この映画は死を選んだことに対して否定的な意見も少なくなかったようだが、映画や本というのはあくまでも他人の人生の一部の切り取りなのだから、扱いだの精神論だの対するクレームに近い評論ははあげたらキリがないし、そもそも着眼点が外れている。この物語の主人公は書いた通り、昔の自分を愛してやまないのだ。これは、彼の決意を描いたもの。

 

 

 

 

愛の度量は対象になる者や人、また個人的に大幅に異なるので、本人にしか理解できない。

 

 

本当に失いたくないくらいに自分自身を愛していた。こんな気持ちを抱ける人は多くないと思う。満足や不満に揺さぶられ生き抜いて、自己嫌悪に陥り悩み、私たちはポジティブな面では無くネガティブな面で自身と向き合う時間の方が、普段多いと思う。自身と他人を愛しきる事はあっても自分自身を愛す事が出来る人は少ないのではなかろうか。

 

 

ウィルは生まれながらに持った豊富な資産、外見と、憎い事に生きていく上での先天的な苦労が少なかったのも愛情が自分に向いた理由だ。私だって、城を所有するくらいの金持ちで外見が佐々木希だったら、今までに悩んできた多くの種は元から無かったはず。リリーローズデップに生まれたかった。

 

 

 

大事なものを失った時のその後の決断。

 

今回は、自分自身を失ったの人が、これ以上苦しみたくないをいう願いから行った選択。

愛されながら、自身を大切に思いながら息を引き取る死というのも、美しい物だと私は思う。

 

 

 

しかし、邦題が酷いのなんのって。

日本のは映画に関して広告も、題名も酷いですよね…

 

 

 

 

 

 

 

Les miserables 2012年映画

数年ぶりにレミゼラブルを観た。

公開から早5年。当時はすぐに劇場で見て、しばらく席を立てないほどの心の疲労を味わった。あんなにも素晴らしい作品の公開からもう5年もたっていたのかと思うと、時の流れは一瞬だ。この5年が一つの季節に思える、短い秋みたいに。

 

 

 

 

フランス革命の時代背景は高校時代の世界史に齧っただけで、全く知識は持ち合わせていない。何かの映画を見るたびにその事件の事を、僅かながらにでも持ち合わせておきたいと思い勉強はするけれども自分が生きていない過去の歴史、長い時間、残虐な出来事は理解しがたいのが事実だ。

 

 

 

レミゼラブル、この作品は痛みがたくさん詰まっている。

題名通りの痛ましい叫びが込められた、場面によっては目を背けたくなる映像がたくさんある中でそれを歌で緩和し私たち視聴者に届けやすく、時々は愛を伝えてくれる。第一に始まる囚人の労働はリズムに乗せ泥臭く描かれているけれど、他人の人生を粗末にしている場面でもある。本来ならば直視できぬものを、しっかりと受け止めることが出来るようにこの映画は仕上がっている。

 

 

 

 

以前にフランス版の別のものを鑑賞した事があるのだけれど、全体的に映像が薄暗く出演者が徹底的に幸福を消し去っていた。あの映画の中に、ラストでさえも一瞬たりとも燦爛たる輝きは無かった。それくらい、あの時代に生きた人たちは不幸こそが巡り合わせだったように題名通りの人生を忠実に描いていた。創作とはいえども作者であるヴィクトル・ユーゴーが駆け抜けた時代だ。六月暴動を目の当たりにした彼が書いたものは、現代の作家が書くフィクションよりリアリティに溢れていて説得力がある。

 

 

 

 

2012年版のは絶賛の声がたくさんなのも納得がいく、映画らしい映画である。

 

 

 

 

劇中で纏わりつく貧困、間違った正義に振り回される者、愛に奔走される苦しみ。

作品の中に、人生のなかに幸せはあったのかと問いたくなってしまう登場人物が多い。

 

 

挿入歌 At the end of the day の主役たちである市民。泥にまみれ一切れのパンで一日を食つなぐ。悲惨としか形容できないような人生が溢れかえっていた。何時の時代も、誰しもが自分の生活に優越感を与えるために惨めな相手を見つけては比べ、自尊心を保っている。しかし、そのマウンティングすらも出来る気配がない。生まれながらにして命は劣悪だったのだ。平等なんてものは無く、救いも無く、死に向かって生きていくだけの毎日。

 

粗末に扱われることを定められているかのように。神のご加護を求め続けるためだけに生きているよう。当時の市民よ、あの映像通りであるならば彼らに幸せは本当に無かったのではないだろうか。歴史上、残酷な出来事は多く知っている。惨めさを、痛ましさを比べるものでないのだろうが、様々なとこらから悲痛の声が上がっているのがわかる。

 

 

 

それを抑制しているのが法の奴隷なのか。人間の慈悲だけでは救われない、複雑に絡み合った秩序に一度とらわれたら地獄まで引きずられる。小さな罪で、大切な命を踏みにじってしまう法体系も、過去に多くの歴史が犯した情けない過ちだ。時に法は防御の役目を果たさずに人を貪る。悲しい事に、この物語の中に犠牲者が多くいる。

 

 

 

 

 

 

 

毎度思うことは、母親であるファンティーヌの苦しみを、男性には理解できないものだろうか。母であり、女であり、女性でいるという事が難しい世界がこの世に所々存在する。この映画の時代も象徴的だろう。自分の分身である我が子を守る、たったこれだけの事が困難になってしまう、世間が女を、子供を、家族を殺す。子供のために必死の生き抜く姿を演じたアンハサウェイが儚げで、本当に今にも消えてしましそうな朝霧のような薄さだった。

 

I dream of dream が流れるシーンは脳裏に焼き付き、様々な感情を思い起こさせてくれる。

一言で、素敵としか言いようがない。あのやり切った、出し切った苦しみを、出来る限り画面を通して受け止めたい。

 

 

 

 

 

愛されたコゼット、叶わない恋を抱くエポニーヌ。

自身の姿が後者に重なり、胸に響く場面と歌がたくさんある。

 

 

若者たちの願いにより結成された義勇団ではあるものの、エポニーヌは革命では無くマリウスを思って死を選んだように思える。彼女にとっては国よりも革命よりも、愛する人のそばにいたい、その気持ちが何よりも強かったはずだ。振り向かれないながらも思いを募らせ、彼の隣で最期を迎えた彼女。彼女から感じられる意志の強さは、物語の中で悲しくも花々しい。個人的にはもっと思いやって欲しい人物でした。

 

 

 

悪か正義を問われると、多くの人に計り知れない疑問を投げかける。ジャベールが自ら死を選んだ訳は、自分の犯した罪に耐え切れずにいたからであり、怒りの沸騰が自身に向かったからだ。尋常である限りは彼と同じ気持ちを抱くし、前半においては法の下に居る人間の洗脳の表しであることは理解できるだろう。最後は彼も愛を抱いた。憎しみにまみれ、任務を遂行する情熱に身を奉げていた彼が自身の革命を行ったのだ。死を選んだシーンは言葉と呼吸を忘れさせるほどの危うげな彼の魂が伝わる。

 

 

 

全員が主人公ともいえるこの物語、悲痛は比べられず抱いた愛も目に見えない。

愛されたコゼットも、人生の序盤は灰を被っていたのだから。

 

多くの痛みを感じやすく、魂を揺さぶる歌と共に物語を教えてくれる。

 

 

この先、何度か再び見るときが来るだろう。

自身の痛みを彼らと重ねたい時に、涙を流したい時に。

 

 

 

 

 

 

 

始めてハプニングバーに行った時のお話し

 

ある日、友人(男)と下ネタを話していた最中に「ハプニングバーって行ったことある?」と尋ねらえた。

 

ハプニング…?

 

 

バーってちょっと暗めのお洒落なカウンターで優雅に気取ってお酒を頂くところなのでは?

 

そこでなんのハプニングがあるのかが全く想像つかない。ダンディーなおっさんからプレゼントされたお酒がカウンターの端からすすすーーーーっと流れてくること以外は想像が出来なかった。なぜ、この「俺の彼女の感じてる時の顔が寝起きの姿より不細工すぎてきっつい」の流れでハプニングバーが来たのかが全く理解できなかった。ちんぷんかんぷんである。

 

「で、何?」と軽く尋ねたら、変態たちの集いの場でタイミングが良ければいきなりおっぱじめてしまうというではないか。

 

「行きます」と、0.3秒で返事。

 

 

暇があれば普段AVを見ている、半ば処女の自分。

目の前で他人のセックスが見れる日が来るなんんて!!!と興味津々。

 

脳内では綺麗なお姉さんとイケメンで再生していたけれど、実際はそう上手くいかない…との友人の呟きをキャッチして、すぐさま脳内映像が地獄絵図に切り替わりました。

 

 

店には下半身丸出しの男がいて構えているのか

 

サイズはよりどりみどりですよって男が待っているのか

 

お姉さんたちがいつでもokな感じで店内立ちんぼなのか…

 

入店歓迎サービスで縛られたらどうしよう

 

バーテンダーがお酒作ってる最中に脱ぎだして見せつけてくるのでは

 

 

一瞬でいろんな妄想がよぎったけど、どれも「無い」と友人から回答を頂きました。

豊かな想像力に万歳。

 

 

 

 

訪れたのは新宿区の某所。

 

プロハプバーである友人の勧めで半処女の私でも行きやすい場所をチョイスしていただいた。

 

 

ハプニングというだけあって違法な香りがぷんぷんするかと思いきや、外観はそこらにある雑居ビルでこじんまりしたスナックみたいな感じでした。へぇー普通じゃん…と思ってさっそく解かれた緊張。ちょろい。

 

マスターも入れ墨ボディのごりごりマッチョで、痛客をすぐに排除できる奴かと思ったら180度違った。まじ頼りなさそう、こんな弱そうで大丈夫なんか…。

 

 

 

お店についたのは金曜の昼過ぎ。客は私たち二人とマスターだけ。

 

いきなり他人が来て始まってしまうのも、たいして見慣れていない男のブツを披露されても困るので他に客がいなくて助かりました。

 

ギロッポンや渋谷と一緒でやはり盛り上がるのは金曜の夜だそう。この時間にくればほぼ確実にいろんなものが見れるとのこと。うん、とりあえず今日はいいや…初回なんで。

 

そんなこんなでマスターと三人でお話を楽しむこと数時間。その中で世の中の変態たちがどれだけ強者かがわかりました。

 

 

 

 

 

⒈ 主婦の性欲ぱねぇ

 

 

平日の昼間もオープンしているとのことで、どこにそんな需要があるのか尋ねたところ客層は「主婦」

 

おおぉぉぉぉ昼下がりの妻たちだ!昼顔!!吉瀬美智子みたいな美人が真昼間からこんなとこに来て致していたらマスターずっと立ちっぱなしですね。あそこ結構痛いよね。

 

 

 

「んん、でも待ってここって普通ラブホテルじゃないからパートナーとくるのってそうそうないよね?旦那さんは仕事っすよね。浮気相手とお互いの性癖が一致しちゃってここに来て発散してるってことですか?バイブいっぱいあるから他のホテルよりいいとか?」

 

マスター

「性欲高めの主婦と、サボリーマンがここで出会って合体してます」

 

 

 

この時まで私は、せめてカップルで来て人に見せびらかすものだと思っていて、初対面の人間と始めちゃうなんて事は考えもしなかった。そういうフリーセックス的なの、本当にあったんだ…

 

いやぁ渋谷とかのクラブでは毎週末あるんだろうけど、あれはお酒と騒音が手を差し伸べているからであってな…それがないのに  In to してしまうなんて。

 

 

 

 

 

2 その性癖は他じゃ受け入れられない感

 

明らかに昼、他の場で言ったら地雷扱いされるであろう、とんでもな性癖を持ったキングたちがいました。スカ○ロとか知ってたけど本の中とか戦場での出来事だと思ってたよ。そんな普段の食事と同じ感覚で食べる人がいるなんて。それ、胃とか腸とか通って大分消化されたやつだし食事には向いてない、御粥食べた方がいいんじゃない?

 

なんつーか、好きな人の何かが欲しいと思った時に金を使わせてバッグやらアクセやらを買わせて「彼、彼女の形見♡」とするよりは、体内から出たもので満足するなら最強にコスパいいのかなって一瞬考えてしまった。絶対付き合いたくないケド。

 

 

うん、こういう他人に理解されない告白はここだから出来るのね。なんだ気持ちよくなってきたよ!

 

 

 

 

 

3 見せたいなら視漢してあげる♡

 

数時間後入って来た一組のカップル。年齢差からして訳ありな感じはするけどあんまり関わっちゃいけないのでスルーしていたらなにやらゲームを初めて、負けた方が脱ぐという野球拳始めちゃいました、ここ旅館ちゃうのに。

 

したら悉く女性側が負けてるんですよ。あなた嫌々言ってますけど、それ脱がせて欲しい潜在意識働いてません?なんか喜んでんじゃん、ブラだけになった後なんかゲーム終わるのめっちゃ早かったよーーーー瞬殺!

 

 

その後この二人はフロアーで始めちゃったので、連れの友人とずっと見てました。

AVは見るけど、他人のセックスを肉眼で生で見てしまう日が来るなんて。

 

 

興奮はせずにただ淡々と眺めてました。なんだろうこの感情。動物園で蛇(苦手)を見てる時の気持ちと似てる。見れる部分はあるけど、さすがに男性の大事な部分は直視できないや…

 

 

 

 

 

そんなこんなで、これが私の初めてハプバーに行った日の収穫。

 

意外にもお酒は美味しいし、いろんな変態に出会るので会話が楽しい。

あんなことやこんなことをするのが目的じゃなくても、十分楽しめます。

 

ってことで、こっから旅先でも一人でも行くようになってしまいました。暇つぶしにまじおすすめです。

 

 

ちゃんちゃん。

死ぬまでにやりたい事100のリスト、その前に

   

由実の話を書いたら自分のリストも作りたくなりました。あとどれくらい生きられるのだろう。自分の生涯年収はどれほどなのか。親はいくつまで生きてくれるんだろうか。うーん…

 

 

断じて決めつけるのは良くないケド、これだけは絶対自分の人生において起こらないっしょーってのはある。

 

日本とブラジルの位置がひっくり返っても起きない自信がある。

 

翌日、朝起きたら超絶可愛いロシア人になっているのと同様ありえない。

 

 

 

 

 

 

 

その1 三浦春馬と付き合う 

 

まず、どこで出会うねん。

 

ギロッポン?あの駅近の交差点の有名キャバクラに勤めたら会えるんかい?

アフターで私、抱いてもらえますか?

 

 

女優になったとしても彼ほどの著名人と共演するにはそうとう実力がないとだし、一般ピーポーにしたって、プロ一般人にならないと無理だよね。西島秀俊だってプロ彼女と結婚しましたもの。プロ?一般人?ちょっと良くわからない。間違いなく言えるのは、石原さとみになれば春馬もちょろい…と思う。

 

 

 

 

 

その2 100人切りとかっていう経験人数豊富な女の子になる

 

 

これはなろうと思えばなれる、ブスでも女の子だから。向こうからは「ごめんなさい」と丁重に深々と頭を下げられるかもしれない。「今日は精通が痛すぎて無理!」とか必死に拒否されるかもしれない。でも自分のプライドを徹底的に捨てれば、100人とセックスなんてあっさりいける。時としてプライドは捨てた方が得だったりするのだよ。

 

ただやっぱり、好きな彼以外とはしたくないし、潔癖症だし、自分の体内に異物混入は勘弁だし…っていう精神的な意味では普通の女の子と一緒で恋人以外には触れたくないのだ。

 

 

でも、なんだか経験人数が多いと自分でいうような女の子たちの心持の気軽さや脳が軽い感じ、なにより他人とコミュニケーションを取る力に長けている点に憧れる。セックスに至るまでには、基本的に相手の容姿が自身の許容範囲に入らないとやってけない、イケメンだけを受け入れるVIPな女子もいるし、わりとどんな外見でも平気だというキモオタや童貞にも優しいエンジェルもいる。どっちにしろ、他人を自分のパーソナルスペースに入れるのに時間がかからないタイプなんだと思う。

 

精神的にまいっちゃってる女の子も世の中にはいるけれど、それは置いといて。

 

 

自身の経験上、ヤリチンとかビッチだとか揶揄される方々は断じてコミュニケーション能力が高いのだ。何気ない会話で相手の心を掴み、セックスという究極のプライベート、花園、神界…そんなところに突入出来るんだもん。童貞や処女が彼らの文句をいう隙間は1ミリたりともありましぇん…

 

 

 

 

 

その3  ハリウッドスターの仲間入りをして、チャイニーズシアターに手形をいれる

 

 

まず私、生まれる国を間違ったと思うの。

 

アメリカに生まれて、ブロンドのチアガールでも務まりそうな最強に体力あって気が強くってそこら辺の男なら視線合わせただけで簡単にノックアウト出来ちゃう女の子に生まれるべきだったのでは…

 

そうしたらチャーリーズエンジェルの一員になって、ひっそりと国のために回し蹴り決めてバックブロー食らわして頭突きしてーってあの手この手を使って馬鹿男どもを倒せたのに。

 

 

 

若干、今の自分が混ざって黒髪とかでも構わない。

 

そうしたらレトロなファッションが似合うはずだから、適当にミステリアスな女の子を演じて相手には運命の人だと思わせといて「私は運命なんて信じない、自由でいたいの」とかいって公園で「ペニス」を連呼するような不思議ガールになれるのに。

 

 

 

なんでもいい、なんでもいから有名映画に出て手形をポンッとおしたいにゃ…

 

 

 

リリー=ローズ メロディー デップ、生まれながらにして最強遺伝子だし、お父さんがジョニーデップってそれだけで鼻血もんなのにあれだけ可愛いとかさ。自分の体の半分がヴァネッサ パラディとか、呼吸してるだけで幸せ感じるよね。

 

 

私? 空気美味しくないっす。

 

 

 

テイラースウィフト、年間174億円稼いでるっぽいし。どっからどうかき集めたらそんな金が来るんや…

 

 

 

 

あ、手形押したいの前に金持ちになりたいんだった。

 

宝くじを買う金すら惜しいと思ってしまうので買いません、当たりません、楽して金持の道は外れてます。

 

都合よく石油王に見初められれば良いけれど、豚の角煮、食いたいっす。

 

 

 

 

おしまい。

青山




28歳になってやっと、この街に住居を構えることが出来た。

南青山3丁目、築13年のマンション、5階。

 

引っ越してきたのは昨日で、まだ荷物は解いていない。

新居到着後の疲れた体は、適当に引いたマットレスに乗せて一晩休ませた。



しばらく歩けば裕福な人々が暮らす界隈に馴染みようがない、この青山や広尾という住所に似つかわしくない建物ではあるが、由実はまた一つ、自分の夢が叶ったという記録をつけるため昔から愛用しているノートに「30歳までに、東京(出来れば中目黒や青山が住所にあってほしい)に住む」と書かれた隣の四角いチェックボックスに、一筆入れた。






半生以上を過ごした故郷の北海道から離れたくて、その想いだけが日々加速して糧となり勉強し続けた高校時代。


住宅地よりも空き地が広く、茶色の土や緑の芝は遠くを見つめても終わりがわからない。裏路地は職人や工作員のたまり場になっており湿っぽく、高層ビルが作り出す夜景など一切ない、自分は"東京"から一番遠く離れた場所に居るんだと思っていた。


憧れていた第一志望である東京の大学に入学が決まった日には、嬉しさを抑えきれずに笑を零しながら札幌まで行き、ローカル雑誌に乗っていた一番高いであろう、そして技術もお墨付きである美容室で、18年間黒かった髪を栗色に染め、胸下まであった長さを整え、パーマをかけて、女性らしく、大学生らしい初々しさを弾ませるようなふわりと広がる髪型に仕上げた。





「やりたいことリスト」の制作を始めたのは、高校を卒業してからだ。

きっかけは当時ネットで流行っており、他人の夢を見るのが楽しくて、真似て自分も書き出した。

 

書いたら夢が叶うとか、ノートの力だの啓発的なものは信じていなかったけれど、書き始めてみたら以外にも自分は強欲なんだということに気づかされた。女だから欲深いのか、今まで田舎にいて流行というものから隔離されていた反動なのか。理由はわからないけれど、”やってみたい100のリスト”はあっという間に埋まった。

 

欲しい物、やってみたい事がありすぎて、いくらお金があれば足りるのかと考えて落胆したほどである。

 

 

努力をしたから田舎から東京に行けたという経験が自信になって、リストを消化するための努力もまた、当時の自分には楽しかった記憶がある。

 

もちろん、規模が大きすぎて達成出来ていない物の方が多い。

まぁ夢は書くだけ自由なのだから。

 

 

□ウユニ塩湖を見に行く

 

□シンデレラ城の前で告白される

 

□アーティストのバックダンサーとしてテレビに出る

(大学から始めただけでは実力不足だった)

 

 

生きてるうちにやってみたい。

上記にある夢への熱は、今だひそかに持っている。

もちろん、リストの中身はこんな現実離れしたものばかりではなく、

 

□4キロ痩せる

 

□成績でAを死守する

 

□料理のレシピを今月は10品増やす

(学食よりお弁当派だった)

 

□バイト先の先輩に今週こそアドレスを聞く

(当時好きだった人、なかなかシフトが被らなかったので)

 

□各、東京23区の主要カフェに行き尽す

(友人が住んでいたりする地域には遊びに行くついでに廻った)

 

□自転車で新宿からお台場まで走ってみる

 

 

など。学生生活が少しでも楽しくなるようなちょっとした事。

でも成し遂げれば次は大きなものに繋がるもの。

 

事実、毎日作っていたお弁当のおかげで”料理が出来る子”とイメージがついて、ゼミ合宿や合コンでも役立ったし、先輩に勇気を出して話しかけてからはトントン拍子に事が進み、付き合う事になった。

 

 

 

別れたのはいつだっけ…

 

そう遠くない過去を思い出そうと、由実はトーストを齧りながら、まだ開けていない段ボールを見つめながら考えた。

 

 

そうだ、先輩が卒業したちょっと後だ。

 

東京の会社に就職した先輩と、東京の学校に通う自分。

物理的な距離なんかないのに何故か新しい事が始まる季節を理由にフラれたんだった。当時は納得がいかなかったけれど、今となっては十分に理解が出来る。呑気な学生って、働き始めた人にとったらやっぱり邪魔だ。

 

 

 

 

 

 

 

青山に引っ越してきたのは、前職の薬品メーカーの営業から、全く異なる業界であるファッション関係の小売商社へと転職したのがきっかけだ。

 

社会人になってからは、やりたいことばかり増えて行き消化が追いつかない。出来ても行きたい場所を設定し、年2回の連休で足を運んだり、テレビや雑誌で見た美味しい食事をお取り寄せて味わう程度。

 

秋田から取り寄せた自家製酵母の食パンに、ドイツへ行ってきた友人がお土産にくれた薔薇のジャムをたっぷり添えて食べた時も、ノートのリストにチェックを付けたっけ。

 

 

 

 

28歳の女子がやりたい事、なんだろう。

 

 

 

婚活して、申し分のない男性と結婚…高収入はもちろん望みたい。

 

次の社内で良い独身男性はいるだろうか。

 

そういえば、同級生だったあの子は役職についたっていってたな、なんだっけ。

 

次の会社で結果を出せば、私も年齢に見合った肩書は得られるかな。

 

そうだ、姪っ子の誕生日が今月末だ。

 

 

 

大きな夢を一つ考えると、小さな夢がおまけに付いてきて現実に戻される。

夢は、目の前のやるべき事を明瞭にさせる材料なだけなのかもしれない、ふと由実は思った。

 

 

 

「目の前の、やるべき事…」

 

食べ終えたパンの甘さが口の中に残っている。

生ぬるい甘さを一緒に吐き出すようにして呟いた。

 

 

せっかく青山に来たんだ。何か新しい夢をリストに加えよう。

ノートを開いてボールペンを握る。思考が少しばかり停止する。いつもいつも、簡単に思いつくわけでは無いのだ。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

夢が自分の欲求ならば、今の私を満たすべきやりたい事リストはこれだ。

 

”美味しい定食屋を見つける”

 

正確に言うと、直近1カ月以内に仕事帰りに何度通っても飽きない、母親の味がする定食屋。

 

自分で料理をしたくない日に気持ちが楽になれる居場所を見つけよう。

なんだか現実的で、大人になるってこういう事なのかな、と一人納得して由美はノートを閉じた。これが高校の頃だったら…あぁ、でもやっぱり変わらないのかも。だって、カフェ巡りとか書いてたし。

 

今日の夜は外に出よう、お気に入りの店を見つけるために。

リストに、また一つチェックマークを入れるために。

 

 

 

 

 

 

福寿 美織

7週間の辛抱と切り取れない悩み

寂しさが体を包む。
目覚めて窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が薄いベールとなってまとわりつく。

春になる一歩手前のこの気温は、今の私が抱える寂しさを表してくれている気がする。気持ちを、感情を数値で測れる温度計のようなものがあればいいのに。

そう考えながら、寝起きの乾いた口を開き身体中に空気を染み込ませる。聡子は伸びをしてからキッチンへ向かった。

 

毎朝、聡子が寝起きに飲むコーヒーを徹は嫌う。インドネシアスラウェシ島で取れる、通の間では知られているもので、コクがあって苦く、他のものと比べて後味が強く残る。朝、この香りが鼻孔を通り過ぎるつかの間の時間が幸せなのだ。

好みは珈琲に止まらず、味噌やドレッシングの量など些細なところで分かれる事を、どうして交際している最中に気づけなかったのだろう。

指摘し合う程のものじゃないとどこかで思っていたから、口に出さなかったのだろうか。2人の間柄が壊れるほどの深刻な事柄ではないけれど、自分の気に入った珈琲を、毎朝「美味しい」と2人で言い合うくらいはしたかった、と聡子は思いに耽った。

 

 

 

しばらくの間絶っていた珈琲の味を、自分の舌が覚えていることに少し驚いた。過剰なカフェイン摂取はお腹の子供に悪いと聞いていたので、それならばと思い妊娠がわかってから一切口にしなかった。それは今までにないくらい徹底した我慢だった。

医者にも、先輩の妊婦さんにも一日一杯程度なら問題ないと教えられていたけれど、自分の内側にある命を慈しむ度に、量など関係なく影響があるものは一切排除したいと、あの時思ったのだ。

毎月、痛みが走るだけだった憎たらしい体の一部分に命が宿ったのには、神秘的なものを感じずにはいられなかった。白乳色のヴェールに包まれるような優しさで、この子を守ろうと決めた。妊娠報告の時の夫の喜んだ顔と、孫が出来ると飛び上がる勢いで喜んだ両親の顔が未だに焼き付いて離れてくれない。あの時の愛情が満ち溢れた歓喜を思い出すと、まだ見ぬ子どもはどんなに幸せな人生を送れるだろうかと想像し安心しきっていた。

 

命に対する配慮は珈琲だけではない 。中休みの水曜にだけする暴飲暴食。週末に夫の徹とする晩酌(主にブランデー)。聡子を満たす3つを止めたのは、たったの7週だった。

 

 

それはちょっとした休憩だった。
家事に疲れた昼間にヨハネス・ブラームスの子守歌を聞いてうたた寝する。息が上がって来たので早足を普通の速度に切り替える。聡子の休憩はそんな感覚だった。

 


妊娠初期には珍しくないのだと、悲しみと恐怖を和らげるのが義務かのように医師は穏やかに、でも言葉は暗記した定型文をすらすらと述べるように説明した。

 

 


悪いのは私たちじゃない

 

 

医学的な根拠は、罪悪感を取り払うのには不十分だ。体の内側にあったもう1人の体温が無くなり、代わりに冷たくて黒い塊の渦が子宮に宿った感じがした。

寝れない夜は、ベランダに出て深夜の空気を吸い込む。今日も寝つきが悪く、深夜の2時くらいにベッドから抜け出した。体を動かした時のベッドが軋む感覚で夫の徹が起きる。

「んん…」と小さな声を漏らす程度だが、こちらの動きに気付いたことによる反応だろう。

 

 

この人はなんて眠りが浅いんだろう。これじゃ子供の夜泣きで何日も寝れないじゃない。

 

 

ずっとこう思い、徹の寝起きの悪さに苛立っていたけれど、しばらく前までは現実になりうるであろう家族像が再び徹の寝起きで頭に描きだされて、息が上がってきた。涙が流れ目が充血する。深夜のベランダに1人でこんな醜態のまま無駄に時間を過ごした日は、もう何度もある。

 

命が体から流れていったあとは、いつものように決まって生理が来た。なんのために私の子宮は数ヶ月も血液をためていたのだろうという悲観が止まらず、再び憎たらしい鈍痛に耐えるだけの日々が始まった。

 


なによりも愛しかった命。
雨の日の窓に張り付いた水滴が流れる感覚で、すっと軽やかに憂鬱さを交えて落ちていく。

我慢した珈琲の意味は一体何だったのだろう。
あの時の喜びと、守ろうと決めた決心はなんだったのだろう。

 

徹はあの日以来、ものすごく、過剰に。薄いガラスかのように聡子を扱う。
何をするにも意見を優先してくれ、休息をたっぷり与え、38度のぬるま湯につかっているような気分にさせてくれる。そうすることで、聡子が抱いている悲しみには直接触れずにいるのだ。早く立ち直れ、忘れろ、次がある…そんな傷になるような事は一切言わない人。そして、愛情すらも与えられていない気がした。

 

 

 


子供を殺したのは私なの

 

 

聡子は口には、表情には出さずとも、そう思っていた。
思っていたというより、紛れもない事実なのだ。

 

 

 

 


妊娠を告げたあと、徹が以前から浮気をしていた女に会いにいった。
彼はそのことを知らない。


女は聡子より3つ若いが、地味な顔立ちで不倫や愛人という言葉とは一見、無縁だと最初の印象で抱いた。聡子が世間知らずなだけだったのかも知れない。世の中、面と向かって本人に悪口を言う人も少ないしイメージを保つために自己プロデュースなんか一般人でも励んでいるのだ。中身は他人の男が好きでも、外見だけはカモフラージュするもんだろうと、女に会った時新たな教育を受けたような気分になった。

 

 

回数も頻度も知らないが、この女を徹は抱いている。
気付いたのはずっと前からで、カメラマンという職業柄、被写体である女性との交流は致し方無いものだと、心の中にある悲しみをぐっと奥に沈めて割り切っていた。


それでも、私たちは家族になるのだ。
覚悟が双方に必要だと思った時に、女に直接会って「二度と会わないで欲しい」との旨を伝えた矢先、女の口から出た言葉に体が動かなくなった。

 

 

「私も、前に徹さんの子供を降ろしたことがあるんです」

 

 

何を言っているんだこいつは、と聡子は怒りが色となってオーラとして自分の背後に現れているのではと思うくらい、体が熱くなりすぎていた。

女は早くから関係を持っていて、妊娠がわかったのはとある雑誌の専属モデルにどうかという話が舞い込んだ時だったという。そんな一大チャンスに優先すべきものは自分だと身勝手な決意と、徹の勧めで中絶をしたと答えた。女は聡子の存在は知っていた。その後もなぜ関係が続いているのかは知ってしまえば人間性を疑い、夫婦間の潔癖は強まり、共存できそうにないと瞬時に脳の全体で判断を下し、徹と女の細かな関係性は詮索しなかった。


この業界ではありきたりな事柄なんだろうか。
女をレンズ越しに覗いたあとはベッドであれ場所はどこであれ、自分の角膜に直接写す。


憎たらしくて、何もかもを愛せない。
他人と関係を持っていた自分の旦那。それ自体は知っていたが愛の結晶と呼べるものが他の女の子宮にも宿っていたなんて。

 

そう思ってしまった思考を元の状態に戻すことに時間を要してしまい、聡子は2週間ほど何も食べずに、自分自身の体で栄養を供給しはじめ細胞を支えあっていたが、やはり限界だったのだろうか。眩暈が訪れ、ある日腹部に痛みを感じ、処置に戸惑っていた時点で命は消え去った。

 

愚かな行為だった。
誰の辛抱があればこの子は助かったのだろうかと考えたら、聡子は自分自身しか思い浮かばず、女の顔が浮かんでは切り刻み、徹の言葉が雑音に聞こえ、子供の分身として守り切れなかった自分をひたすら恨んだ。

告白を受け止める覚悟がなかったならば、最初から聞かなければよかった。


弱さがあっては、命は守れない。

愛情が欠けたら、新しい芽は奪われてしまう。

 


今後、どうしようか。
離婚した場合、徹はあの女を抱くのだろうか。別の女だろうか。

夜風にあたりながら、曇ってくすんでいる夜空は涙で余計に見えなくなる。
嗚咽を必死に止め、張り裂ける胸を抱えながら、頭は熱を帯びたままで、ぐっと目頭を押さえた。

 

珈琲を飲もう。
あの苦い珈琲を。

胎児に毒だと思ってやめたもの。旦那が好まないもの。私自身が好む毒を飲んで、一先ず今夜は冷静さを取り戻そう。

聡子はあの苦みを思い出しながら、重い腰を上げて台所へ向かった。